新ぶたパンダの冒険 : M-U『徐市 じょふつ』

 
    「うわ〜、たったったったったっ!」
    ワームホールから飛び出したとき、目の前には群青の海がひろがって
    いましたから、海の上に飛び出したのだと思って、あわてたのです。
    でも、大丈夫。そこは、大きな帆船の一番高い屋根の上でした。

    「あー、おどろいた。ぼくは泳ぐのがあまり得意じゃないから・・・」
    と、つぶやいたとき、つぎつぎと隣にワームホールが開き、
    「おぉ〜、とっとっとっとっとっ!」
    と、手足をバタバタさせながら、黒くんと巨大くんが飛び出して来ました。       
       
    「ははは、二人ともあわてたようだね」と、余裕の顔のぶたパンダ。
    「えっ、だって・・・、おどろかなかったの?」と、黒くんと巨大くん。
    「そりゃあ、ぼくは、ちょっとやそっとじゃあ、おどろかないよ」と言って、
    ぶたパンダは胸をはりました。
    「ふふふ」、そのとき小さな笑い声が聞こえました。
    白ちゃんです。どうやら、ちょっとだけ先に着いていたようです。
    顔を赤くしたぶたパンダを見て、黒くんも巨大くんも笑ってしまいました。
    白ちゃんがジタバタしたかどうかは、だれにもわからないことです。

    「ところで、いまは、いつ?ここは、どこ?どんな任務?」と、黒くん。
    「ぼく、なにも聞いてないよ」と、ぶたパンダ。
    「ぼくも、聞いてない」と、巨大くん。
    「私たちの時代から2215年ほど前の、東海をわたる船の上よ」
    どうやら、白ちゃんは知っているようです。

    「でもね、この任務はとてもむずかしいの。いつどこで、なにが起こるの
    かが、わからないんですって」
    「えっ、それって、どいういうこと?じゃあ、ぼくたちは、なにをするの?」
    「わかっていることだけ、おしえるね。まず、この船に乗っているのは、
    秦という国の徐市(じょふつ)という方士と、男女数千人の子供たち。
    それに、様々な技術者と五穀の種が積まれているはずなの。そして、
    いまは、蓬莱という山へ向かっているはずよ」

    「えっ、これって船団なの?他の船は?」
    後ろをふりかえって、みんなビックリ。数えられないくらいの大船団です。

    「え〜っ、この任務は、このすべての船を救出することなんでしょう?」
    「方士って、なに?」
    「蓬莱山って、なに?どこ?」
    「いっぺんに言わないでちょうだい、いっぺんには答えられないわ!」

    「任務は、すべての船を救うこと。でも、何から救うかはわからないの」
    「方士とは、天文や占いから医学や農耕。あらゆることに関する技術や
    知識を持つ人のこと。要するに、『何でも博士』のこと」
    「蓬莱山は、中国の東の海の中にある仙人の住む国ね。簡単にいえば、
    ユートピアのことよ。わかった?」
    「は〜い、よくわかりました〜」

    なにごとも無く、船団は、海流に乗ってどんどん順調に進みます。

    「とても穏やかで、なんだか眠くなっちゃうね」
    「でも、いったい、どんなことがおきるんだろう・・・」
    「そうだな・・・、船の底に大きな穴が開くとか・・・」
    「ははは、それなら巨大くんの大きなおなかが役に立つね」
    「でも、たくさんの船は、むりだよ〜」

    「じゃあ、大風や嵐が来るとか・・・」
    「そんなことがあると、ぼくたちでは、どうすることも出来ないね」
    「お〜い、又三郎〜。大風吹かすなよ〜」
    空耳でしょうか、小さく「ほ〜い」と聞こえたような気がしました。
    ※又三郎との関係は、ぶたパンダの冒険E「風になった日」を見てね。

    「それじゃあ、海の中から、おそろしい怪物が出てくるなんて・・・」
    「それだって、ぼくたちの力では、どうすることも出来ないよ」
    「・・・」
    「ぼくたちって、なにもできないね・・・」
    「ほんとうに、静かな海だね・・・」

     しばらく進むと、前方にとつぜん、真っ黒な雲が広がり始めました。
    黒雲の中ではイナズマが走り、まるでなにか魔物がうごめいているよう
    にも見えます。
    「うわ〜、どうしようどうしよう。ぼくたちの力では、むりだよ〜」
    徐市は、秦の国でも名高い方士です。なにやら呪文をとなえ、指先から
    気を送りますと、黒雲は、みるみる霧散してゆきます。

    またしばらく進むと、とつぜん海がたくさんの渦を巻き始めました。
    いまにも、中から恐ろしい怪物が現れて来そうです。
    「うわ〜、やっぱり、ぼくたちの力では、むりだよ〜」
    すると、こんども徐市が、なにやら呪文をとなえ、指先から気を送ります
    と、みるみる渦は消えてゆきます。        

    「すごいね」
    「なんだかぼくたち、ちっとも出番がないね」
    おだやかな航海が続きます。

    おや、船が、とつぜんぴたりと止まり、そのまま動かなくなりました。
    水夫(かこ)たちは、櫂をおろしていっせいにこぎ始めますが、それでも
    いっこうに進むようすは、ありません。
    中には、ずるずると後ろへと下がりはじめる船さえ、あるようです。

    「岩だ!」、「大鮫だ!」、「いや、クジラだ!」と、船のうえでは、大騒ぎ
    です。
    どうやら、クジラのたいぐんが、船の進路をふさいでいるようです。

    進み出た徐市は呪文をとなえ、気を送りつづけますが、やっぱりクジラ
    には、方術は利かないようです。

    「そうだ、クジラだったら、私たちが何とかできるかも知れない・・・」
    「よし!」
    みんなは、迷わず海に飛び込んで、一心にマンタを呼びました。

    ※マンタとクジラの関係は、ぶたパンダの冒険C「不思議の海」を見てね。

    海の大臣の大きなマンタは、すぐに現れました。すると、それを見た
    クジラたちは、あわててピッとしせいをただし、そして言いました。
    「大きな船団を見て、ぼくたちは、つい力くらべをしたくなったんです」
    「おわびに、船を陸のそばまでお送りします」

    クジラが後押しをしてくれますから、船団は、はなればなれになること
    も無く、みんな無事に目的の津へと近づくことが出来ました。
    みんなは、クジラたちとマンタにお礼をいい、「またお合いしましょう」と、
    あいさつをしているときに、船から大きな声が聞こえました。

    「さあ、われらが夢ぞ。みなで力を合わせ、弱き者を助けて和を尊ぶ、
    民による民がための住み良き国を築こうぞ!」
    「おー!」、船の中からと同時に、陸からもどっと歓声が上がりました。

    「ほんとうに、これだけでよかったの?」と、ぶたパンダが思ったとき、
    マリオネットのような動きをする、隊長の声が聞こえました。
    「よくやった。情報の少ないむずかしい任務だったけれど、無事に
    終えることができた」

    時空レンジャーの第二のミッションも、無事に成功したようです。 
    「じゃあ、私たちも帰りましょう」と、白ちゃんがいいます。
    「よし、帰ろう」と、黒ちゃん。

    そして、なにげなくふりかえった、みんは、はっといきをのみました。
    上陸してゆく人たちの頭上に、それはほんのちらりとだけでしたけれど、
    三本足の大ガラスの姿が見えたからです。
    それは夕日に輝き、まるで金色の美しい鳥のように見えました。

    後日談です。
    この話は、ハワイのオリのように、またアイヌのユーカラの様に、彼らの
    遠い祖先の物語として末裔たちに伝えられたことでしょう。その子孫たち
    は、まだ見たことの無い、遠い故地を夢見ていたにちがいありません。
    そして十数世代も経た頃でしょう。ついに奴国の王であったその末裔は、
    夢に見た故地へ、使者を送ろうと思いたったのです。
    そしてついにその日、西暦57年。徐市が、無事に日本にたどり着いて
    から、267年もあとのこと。
    倭の奴国王が、ついに後漢の光武帝の元に使者を送りました。

    そのとき、きっと遠い祖先から伝わる、この物語も語られたことでしょう。
    この快挙を聞いた光武帝は、ひざを打って喜んだに違いありません。
    漢は、秦を打倒して開かれた国です。光武帝の、奴国に対する破格の
    扱い
蛇鈕・紫綬の「漢委奴國王」の金印は、はるか東海の小さな国の
    首長に与えるものとしては、異例なことだと言われています)
の意味も、
    そこに見出すことができるのです。


   
 背景
     前219年、最初の渡海は無事に成功し、人口が10万人にも満たな
     かった日本列島の、その日向の地に、すでに彼らは小国を築いて
     いました。
     しかし、そこでは人口も技術者も五穀の種もが絶対的に不足して
     います。そこで彼は、一計を案じました。それは、自らの命を賭した
     大芝居です。
     秦に戻って、始皇帝に虚偽の報告をします。「大鮫に阻まれて、
     先へ進むことが出来ません。この大鮫を追い払うことが出来るなら、
     必ずや不老不死の仙薬を手に入れることができるでしょう」
     どれだけ怒ったところで、始皇帝は、それを認めざるを得なかった
     ことでしょう。
     こうして前210年。徐市は、再び童男女三千人・百工・五種を、
     まんまと手に入れることに成功したのです。

    解説 
     徐市の物語は、天下を統べて絶頂にあった始皇帝を、見事に欺い
     た大亡命劇です。
     徐市の生国の斉は、最初の渡海の2年前、前221年に秦によって
     滅ぼされました。
     前215年、始皇帝は、燕人の盧生に命じて仙人を探させましたが、
     これに失敗した盧生は始皇帝の怒りを恐れて姿を隠しています。
     前213年には「焚書」が、そして翌年の前212年には「坑儒」が
     行われています。
     これらはいずれも、徐市の亡命への引き金となったことは、想像に
     難くありません。

     ※この物語は、史記の心象によるものです。したがって名前を徐市
      (じょふつ)としましたが、徐福(じょふく)と読み替えていただいても
      結構です。
     ※この物語は、史記にある若干の記述と、伝説には語られていない、
      私の心象による創話です。

    作者モノローグ
     あれ?そうか・・・。えっ、もしかして・・・
     あの黒雲は、桜島の噴煙?じゃあ、あの渦は瀬戸か・・・
     すると、彼等の上陸地点は・・・
     そして三本足の大烏に金色の鳥とくれば・・・
     じゃあ、徐市って・・・ 神武天・・・

 
                                    2005.01.01

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