新ぶたパンダの冒険W : M-V 『アリとキリギリス』

 
 
    ワームホールが開いてみんなが飛び出したのは、とあるとても寒い冬の
   始まりの日です。木々は冬ごもりの準備を終え、周り一面には赤や黄色、
   そして様ざまな形の木の葉が敷き詰められ、それは息を呑むほど見事な
   美しさです。

   「落ち葉って、ずいぶんいろんな形があるんだね」
   「落ち葉って、ほんとうに自然が創り出した芸術品だと思うわ」
   「落ち葉って、思ったよりもずいぶんとふかふかしているよ」
   「落ち葉ってあったかくて、でっかいカラフルなベットだ〜」
   「もみじまんじゅう〜」
   「・・・さあさあ、みんな。任務よ」
   「でも、葉を落とした木と落ち葉以外、何もみえないね」

   そこでみんなが耳を澄ましてみますと・・・、ほら、話し声が聞こえてきました。

   「なぜ、あなたは夏の間に食べ物を貯えておかなかったのかね」
   「暇をつぶしていたわけではありません。道行く人々の心を慰めるために、
   来る日も来る日も歌っていたので、その時間がなかったのです」
   「夏の間に歌っていたのなら、冬の間は踊っているのが良いさ」と言うと、
   アリはキリギリスの目の前で、冷たくドアを閉じてしまいました。
   「またここもだめか・・・、私は、人のためにと信じて歌っていたのだが・・・」
   キリギリスはひとつため息をつくと、隣の戸口へ向かって歩き始めました。

   「どの戸を叩けど、反応はみんな同じか。冷たい拒絶だね」
   「働かざるもの食うべからず・・・っていう教訓だったっけ?」
   「でもさ、キリギリスだって無意味に遊んでいた訳じゃあないと思うよ」
   「そうよね。きっと、自分のやるべきことをやっていたんじゃないかと思うわ」
   「よし、それならボクたちがキリギリスのことをサポートしてコーディネートして、
   プロデュースするぞ!」と、黒くん。
   「意味、ちゃんとわかっているの?」と、白ちゃん。
   「へへへ、なんとなく格好よさげでしょ!いちど言ってみたかったんだ」

   大笑いしたあとには、良いアイディアがたくさん出て来そうです。   
   先ずは、ホームコンサート。そして小規模のパーティやディナーショーの企画。
   子供たちへの読み聞かせだって、BGMがあるとグッと盛り上がるはずです。 
   コンサートのポスターや招待状。キリギリスの家では、すぐに狭くなって収まら
   なくなるはずだから、とコンサートホールの設計図も作りました。
   みんなは手分けして、ポスターや招待状をあちらこちらのアリの家に届けます。
   キリギリスには、21世紀のみんなの好きな曲の譜面とコンサートやリサイタル
   の予定表を届けました。
   
   それを見た大人のアリたちは、「伝統的な勤労愛好精神が崩壊する」と言って、
   ポスターや招待状を破り捨ててしまいました。しかし、若者アリたちは好奇心を
   捨て切れません。拾い集めてつなぎ合わせた招待状と食糧を持ち、誘い合い、
   そして、そっとキリギリスの家のドアを叩きました。
   いつでもどこの世でも、若者たちが新しい文化や価値観を作って行くのです。

   新たな楽しみを知った若いアリたちは、「冬に楽しみがあれば、夏の勤労意欲も
   倍増するから」と、伝統精神の崩壊を心配する大人のアリたちを説得します。
   しかし、いくら話しても認められない彼らは、ついに「若者だけで新しいコロニー
   を作る」とか、ついには「あり余る若いエネルギーを爆発させ、暴徒化して巣を
   破壊し、労働はこれを永遠に放棄する」と、大人のアリたちを脅迫しました。

   巣を壊されてはたまらないし、労働を放棄されては大変なことになってしまう。
   それならいちど様子を見て粗探しをし、諦めさせてやろうと、しぶしぶですが
   大人のアリたちも参加することになりました。
   ところが、長い冬を毎日ただひっそりとして春を待つよりも、はるかに楽しいこと
   だと言うことを知り、これまた、すっかりはまってしまいました。

   毎日の様にキリギリス主催のホームコンサートやパーティーが開催されるもの
   の、すっかり楽しみの味を覚えてしまったアリたちは、招待の順番を待ち切れ
   なくなってしまいます。
   やがてアリたちは、次から自分たちで、コンサートや様様な企画を考え始める
   ようになり、すると、どんどんと規模が大きくなって行きました。
   そうしたとき、ある古い食糧庫の奥からたまたま発見されたという、食糧が発酵
   した酒を持って来る者がありました。良い香りに誘われ、恐る恐る飲んでみた
   ところ、夢見心地にしてくれるすばらしいものであることが分りました。酒の味を
   覚えたアリたちは、大々的に探検隊を組織し、落盤事故に備えながら、すでに
   使われなくなった古い食糧庫を徹底的に調査しました。その結果、様様な発酵
   酒を大量に発掘することが出来ました。その埋蔵量は何十年分もあり、発酵し
   かけているものがそれ以上に埋蔵されているのも確認され、やがて、彼らは
   それをブレンドすることも覚えて、それらは冬の生活には無くてはならないもの
   になりました。   
   そして、酒とくれば次は踊りです。てんとう虫が呼ばれて踊りの指導が行われ、
   女王アリ主催の大舞踏会も、たびたび行われるようになりました。

   こうなると、持って生まれたアリたちの勤労愛好精神はここでも発揮されます。
   ホールはどんどん拡張され、離れた場所にあるアリの巣どうしの社交の場と
   して、さらに情報交換の場としても機能し始めました。
   また、自分たちのエリアの特産品を交換しあうための市が立ち、紛争が勃発し
   た場合の調停の場ともなり、これは始めはサロンとも異巣間交流と呼ばれて
   いましたが、やがて巣際連合へと発展して行きます。
   さすがに伝統的に勤勉精神を持つアリたちのこと。情報を共有し、経験によら
   ない情報がどんどんと蓄積されて行くと、アリたちの社会は瞬く間に目覚しい
   進歩と発展を始めることになりました。

   「伝統精神の崩壊は、まったくの杞憂だった。若者はますます頑張り、こんな
   高福祉サービスが受けられるようになった。もっと早くからキリギリスのことを
   認めるべきだったなあ」と、おじいさんのアリは果実酒を手に、輝く夏の太陽を
   見上げてつぶやきました。


   「思った以上に、すごいことになっちゃったよ」
   「ほんとう。アリたちって、ここまですごいとは想像もできなかったね」
   「アリたちの伝統精神っていうのは、バリバリの筋金入りだね」
   「もう少し、結果を見てみたい気もするけれど・・・」
   「でも任務は終了、ほら、ワームホールが開くわよ」
   「じゃあ、そういうことで一件落着だね」

   こうして、時空レンジャーの第三のミッションも、無事に成功したようです。 
   めでたしめでたし
 
 
   えっ?まだ少し続きがあるようですね。では、ぶたパンダたちに代わってちょっと
   のぞいてみましょう。
   このミッションが無事終了してからずいぶん経った、21世紀中頃のお話です。

   「キリギリスさん、ずいぶん良い時代になったものですね」
   「いやはや、まったくです。実に良い時代になったものですよ、アリさん」
   「今は、どこもかしこも1年中が夏ですから、せっせこ冬の食糧を心配する必要
   も蓄える必要もぜんぜんありませんしね」
   「ほんとうです。いつだってどこにだって、たっぷり食糧はあふれていますから」
   「来る日も来る日も、食べて飲んで歌って踊って騒いで・・・、先祖たちの労働や
   食糧運搬や貯蔵の苦労の話など・・・」
   「まさしく。食糧調達や、ひもじかった話など、夢のまた夢ですね・・・」
   「こんな時代ですと、紛争の起こる理由などもなくなってしまいました・・・」
   「まったく、話のかけらも信じることが出来ません。良い時代になったものです」
   「これも、伝説の妖精たちのおかげでしょうかね」
   「そうでしょう。きっとそうに違いありません。まったくありがたいことですなあ」

   アリとキリギリスは、さまざまな蜜で作ったカラフルなカクテルを楽しみながら、
   まぶしそうに空を見上げました。

   めでたしめでたし



   おや、まだ続きがあるのですか。それから数百年ほど経った頃のお話ですね。
   どこかにアリとキリギリスの面影を残す魚たちが話をしています。

   「先祖から伝わるあの話は、本当なのだろうか?」
   「ああ、僕たちの先祖は足というものを持ち、いろとりどりの美しい地面という物
   の上を歩いていたと言う、あの話だね」
   「そうさ、暑い夏には働き、寒い冬には暖かい地面の下で歌ったり、飲んで足で
   踊ったりしたという、あの話のことさ」
   「そう、地面の上を歩くと言うのは、いったいどんな感じがするのだろうか・・・」
   「自分の体の重さを感じることが出来たとも伝えられているけれど・・・、自分の
   体の重さを感じるって、いったいぜんたい、どんなことなんだろう・・・」
   「20世紀の終わり頃から急激に温暖化が始まったときに、21世紀の人間たち
   の多くがそれを止める努力をしなかったおかげで、ついに地面は海に飲み込ま
   れてしまったんだそうだ」
   「そうだ。そして残った地面も紫外線という光の毒に犯され、海の中以外に生き
   物は住めなくなってしまったんだ」
   
   「ああ、歌うってどんなだろうか・・・」
   「足で歩くって・・・、踊るってどんなだろうか・・・」
   「カクテルを飲むってどんなだろうか・・・、眠らなくても素敵な夢をいっぱい見る
   ことが出来るものだというのだけれど・・・」
   「ああ、どれもこれも、いちどでいいから試してみたいものだ・・・」
   「本当に、愚かな人間どもが・・・」
   「けしからん。じつにまったくもって、けしからん話だ」
   「僕たちが地面を歩く。いつか、そんな時がふたたびやって来るのだろうか・・・」

   海中にたっぷり溶け込んだ二酸化炭素を思う存分吸収し固定化して、巨大な
   山脈の様に連なったけばけばしい色の珊瑚の群れや、あふれる二酸化炭素と
   太陽光線を最大限に利用して巨大化し、ところかまわずにうっそうと生い茂った
   巨大な海藻の森の、薄暗いわずかな隙間を窮屈そうに泳ぎながら、夢を見る
   ようにいつまでもいつまでも同じ話を続けているのでした。

   めでたくはなくめでたくもなし ってとこだな・・・

   
いやはや、未来ではこんな話になっているとは・・・。もちろん、ぶたパンダたち
   はそれを知る由もありませんし、少しも責任はありませんので。念のため。
  

  
イソップなので、おまけに教訓を・・・ 
   その1.食わず嫌いは良くないし、うまく発想さえすれば、まあ何とかなるもの。
        そして何でもありの世の中だもの、いつ何がどうなるかは解らないよ、
        良くも悪しくもね。まあ、念のために言っとくけどさ。ということ。
   その2.こんなことにならない様、小さなところからコツコツ・コツコツとCO2の
        削減の努力をして行きましょうね。フロンもね。

                                      2005.12.03

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