にじお版 近未来イソップ物語 『羊飼いの少年とオオカミ』

痴れ者「にじお」の近未来イソップ物語  『羊飼いの少年とオオカミ』


   村の近くでヒツジの番をしていた少年が、突然叫んだ。
   「狼だ!」、「狼だ!」
   村人たちが慌てて駆けつけると、少年は、皆の慌てた様子を見て笑った。
   そんなことが、何度も続いた。
   ところが、ついに、本当にオオカミがやって来た。少年は、恐怖に駆られて
   叫んだ。
   「お願だ。助けてくれ! オオカミがヒツジを殺してるんだ!」
   しかし、少年の声に耳を傾ける村人は誰もいなかった。こうしてオオカミは、
   ヒツジを一匹残らず引き裂いた。



   村人の様子を見た少年は、思わずにやりと笑いました。

   ほとぼりの冷めた頃、少年は、また叫びました。
   「火事だ!」、「山火事だ!」
   村はまた騒然となり、村人たちが火を消そうと駆けつけると、少年は、皆の
   慌てた様子を見て、またも愉快そうに笑いました。
   そんなことが何度も続いたけれど、やがて、誰も少年の声に耳を傾ける者は
   いなくなりました。
   この村人の様子を見た少年は、また、にやりと笑いました。

   どうやら前のほとぼりの冷めた頃、少年は、またまた叫びました。
   「宇宙人だ!」、「宇宙人が攻めてきたよ!」
   村はパニックとなり、村人たちが手に手に武器を持って駆けつけてみると、
   今度も少年は、皆の慌てた様子を見て腹を抱えておかしそうに笑いました。
   そんなことが何度も続いたけれど、もう誰一人として、少年の声に耳を傾け
   る者はいなくなりました。
   この村人の様子を見た少年は、またもや、にやりと笑いました。

   少年が、試しに何を言っても何を叫んでみても、もう振り向く人さえいません。
   少年は、「これで、準備はできたな」と、満足の笑みを浮かべました。

   少年は、羊のいなくなった谷に産業廃棄物を投棄させる事業を始めました。
   有害なものでもかまわず、何もかも無差別で受け入れました。
   悪臭はありますし、有害物質は川に流れ出して周囲を汚染し始めましたが、
   そんなことは、いっこうにおかまいなしです。
   村に喘息や奇病が発生しましたが、村人は、少年がまただまそうとしている。
   だが、もうそんなことには絶対にだまされないぞと、完全に無視をします。

   つづいて少年は、可燃物の野焼きを行いました。これも、燃えるものは、なん
   だっていしょくたですから、煤煙や二酸化炭素は言うにおよばず、窒素酸化物
   (NOx)もダイオキシンだって大気中にどんどん放出されてゆきます。
   酸性雨が降って森や牧場は緑を失い、環境ホルモンのために羊や牛は生殖
   能力を失い、数が減りつづけます。それでも村人は、もう二度とだまされまい
   と、相変わらず完全な無視を続けます。

   「ここまでくれば、もう大丈夫」と、少年は、さらに大胆になってゆきました。
   高レベルの放射性廃棄物も受け入れます。ときおり、宇宙船らしきものが
   立ち寄っては、なにやら投棄してゆくようにもなりました。
   少年は、手にした大金で、高レベル放射線も除去するコスモクリーナーを
   備えた部屋をつくり、なにやら研究を続けていますが、そんな設備を持たな
   い村人たちは、体調を悪くして、次々と村を去って行きました。

   こうして、村に残っているのは、元・羊飼いの少年だけになりました。
   廃棄物の投棄は、相変わらず続いています。
   原子力潜水艦が、そのまま投棄されることもあります。宇宙船の一団がやって
   きて、奇妙な何かを大量に投棄してゆくこともあります。
   投棄の種類と量は、どんどん増え続けてゆきます。
   さらには、巨大な宇宙船さえ捨てられていることもありました。
   あるとき、そんな巨大宇宙船のエネルギー装置がメルトダウンを始めました。
   驚異的に高濃縮された質量を持つパワーユニットが生み出す、巨大な電磁
   エネルギーによる共振作用で空間を歪め、そこに作り出される重力変動の
   差を制御することで、次々と目の前に生まれる空間の穴に、自ら次々と落ち
   込むことで前進する推力を得るシステムが、暴走をはじめたのです。
   このパワーに比べると、原子炉のメルトダウンなどおもちゃのようなものです。

   この巨大宇宙船の電磁パワーユニットは、落ち込みながら、まわりのものを
   つぎつぎと飲み込んでゆきました。
   やがて、村の廃棄物の山は、きれいさぱりとなくなってしまいました。
   「うまくいった。これでまた、どんどん廃棄物を受け入れることが出来る」と、
   ストップボタンを押しながら、少年はほくそえみました。
   このメルトダウンは、村が廃棄物で埋め尽くされる前に新たな廃棄スペース
   を確保しようと考た、少年の研究の成果のようです。

   ところが、この落ち込みは止まらず、どんどん大きくなってゆきます。
   ついに、少年の村だけではなく、まわりの村々をも飲み込みはじめました。
   少年は、巨大なエネルギー装置のコントロールに失敗してしまったのです。
   どんどん黒い穴は勢いを増し、さらに拡大のスピードを増してゆきます。
   もう誰にも止めることはできません。

   やがて、あたりは何事も無かったように静かになりました。そして、宇宙航路
   図の銀河系のページ。かつて、太陽系第三惑星のあったあたりに、ブラック
   ホールが新たに記録されました。
   「やれやれ、いそいでまた新しい場所を探さねばならないな・・・」
   

   どうせまた誤報だと思って、簡単に警報装置の電源を落とさないようにね。
   せっかくの備えが、いざというときに何も無いことと同じになってしまうなん
   て、ナンセンス。
   環境のことは、おっくうがってはなりません。自分だけ良ければとか、自分
   だけは別などと、考えてはいけません。二酸化炭素もフロンもね。

                                         2006.08.12

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