新ぶたパンダの冒険[ : M-Z 『羊飼いの少年とオオカミ』

悪戯をする羊飼


   ワームホールからみんなが勢いよく飛び出したところには、ぽっかりと
   暗闇が口をあけていました。
   どうやら、強い力でまわりをぐいぐい吸い込んでいるようです。
   「うわー、ブラックホールだ」と、誰かが叫びました。
   「引き込まれるちゃうー」と、白ちゃん。
   「逃げろー」は、巨大くん。
   「逃げるって、どこへ」と、ぶたパンダ。
   「どこでもいいから、にげろー」これは、黒くんです。

   突然、またワームホールが開き、みんなは、あわててワームホールの中へ
   飛び込みました。
   そしてふたたびワームホールが開いたところで、こんどは恐る恐る顔を出
   しました。
   そこには、どこまでものどかな青空と緑の大地が広がっています。
   「あー、びっくりした」
   「あれは、いったい何だったの」
   「きっと、なにかの間違いだよ」
   「ワームホールも、間違うことがあるのかしら」
   「ぜったい、こっちのほうがいね」
   「そうだよ、あれは、間違いということにしておこうよ」
   「あ、あの丘の上に、羊の群れがみえるわよ」
   「ほんとうにここは、のほほんでいいね」


   とつぜん、のんびりと羊を追っていた少年が叫びました。
   「狼だ!、狼だ!」
   村は騒然となり、村人たちが駆けつけてみると、少年は、皆の慌てた様子
   を見て笑いました。
   そんなことが何度も続いたある日、ついに、本当にオオカミがやって来た。
   少年は、恐怖に駆られて叫んだ。
   「お願だ。助けてくれ! オオカミがヒツジを殺してるんだ!」
   しかし、少年の声に耳を傾ける者は誰もいなかった。こうしてオオカミは、
   ヒツジを一匹残らず引き裂いた。
   嘘つきが本当の事を言っても、信じる者は誰もいない。


   「これって、イソップのヒツジ飼の少年とオオカミのお話ね」
   「僕たちは、少年の羊を助けるんだったのかな」
   「いや、違うみたいだよ。ほら、少年はちっとも悲しんでいないもの」

   村人の様子を見た少年は、思わずにやりと笑いました。

   ほとぼりの冷めた頃、少年は、また叫びました。
   「火事だ!山火事だ!」
   村はまた騒然となり、村人たちが火を消そうと駆けつけると、少年は、皆の
   慌てた様子を見て、またも愉快そうに笑いました。
   そんなことが何度も続いたけれど、やがて、誰も少年の声に耳を傾ける者は
   いなくなりました。
   この村人の様子を見た少年は、また、にやりと笑いました。

   どうやら前のほとぼりの冷めた頃、少年は、またまた叫びました。
   「宇宙人だ!宇宙人が攻めてきたよ!」
   村はパニックとなり、村人たちが手に手に武器を持って駆けつけてみると、
   今度も少年は、皆の慌てた様子を見て腹を抱えておかしそうに笑いました。
   そんなことが何度も続いたけれど、もう誰一人として、少年の声に耳を傾け
   る者はいなくなりました。
   この村人の様子を見た少年は、またもや、にやりと笑いました。

   少年が、試しに何を言っても何を叫んでみても、もう振り向く人さえいません。
   少年は、「これで、準備はできたな」と、満足の笑みを浮かべました。

   少年は、羊のいなくなった谷に産業廃棄物を投棄させる事業を始めました。
   有害なものでもかまわず、何もかも無差別で受け入れました。
   悪臭はありますし、有害物質は川に流れ出して周囲を汚染し始めましたが、
   そんなことは、いっこうにおかまいなしです。
   村に喘息や奇病が発生しましたが、村人は、少年がまた何かやってだまそう
   としているんだ。
   だが、もうそんなことには絶対にだまされないぞと、完全に無視をします。

   つづいて少年は、可燃物の野焼きを行いました。これも、燃えるものは、なん
   だっていしょくたですから、煤煙や二酸化炭素は言うにおよばず、窒素酸化物
   (NOx)もダイオキシンだって大気中にどんどん放出されてゆきます。
   酸性雨が降って森や牧場は緑を失い、環境ホルモンのために羊や牛は生殖
   能力を失い、数が減りつづけます。それでも村人は、もう二度とだまされまい
   と、相変わらず完全な無視を続けます。

   「ここまでくれば、もう大丈夫」と、少年は、さらに大胆になってゆきました。
   高レベルの放射性廃棄物も受け入れます。ときおり、宇宙船らしきものが
   立ち寄っては、なにやら投棄してゆくようにもなりました。
   少年は、手にした大金で、高レベル放射線も除去するコスモクリーナーを
   備えた部屋をつくり、なにやら研究を続けていますが、そんな設備を持たな
   い村人たちは、得体の知れない病気で、次々と村を去って行きました。

   こうして、村に残っているのは、元・羊飼いの少年だけになりました。
   廃棄物の投棄は、相変わらず続いています。
   原子力潜水艦が、そのまま投棄されることもあります。どこからか宇宙船の
   一団がやって来て、奇妙な何かを大量に投棄してゆくこともあります。
   投棄の種類と量は、どんどん増え続けてゆきます。
   さらには、巨大な宇宙船さえ捨てられていることもありました。
   あるとき、そんな巨大宇宙船のエネルギー装置がメルトダウンを始めました。
   驚異的に高濃縮された質量を持つパワーユニットが生み出す、巨大な電磁
   エネルギーによる共振作用で空間を歪め、そこに作り出される重力変動の
   差を制御し、次々と目の前に生まれる空間の穴に、自ら次々と落ち込むこと
   で前進する推力を得るシステムが、暴走をはじめたのです。
   このパワーに比べると、原子炉のメルトダウンなどおもちゃのようなものです。

   この巨大宇宙船の電磁パワーユニットは、落ち込みながら、まわりのものを
   つぎつぎと飲み込んでゆきました。
   やがて、村の廃棄物の山は、きれいさぱりとなくなってしまいました。
   「うまくいった。これでまた、どんどん廃棄物を受け入れることが出来る」と、
   ストップボタンを押しながら、少年はほくそえみました。
   このメルトダウンは、村が廃棄物で埋め尽くされる前に新たな廃棄スペース
   を確保しようと考た、少年の研究の成果のようです。

   ところが、この落ち込みは止まらずに、どんどん大きくなって行きました。
   ついに、少年の村だけではなく、まわりの村々をも飲み込みはじめました。
   少年は、巨大なエネルギー装置のコントロールに失敗してしまったのです。
   どんどん黒い穴は勢いを増し、さらに拡大のスピードを増してゆきます。

   「うわあ、最初に見たブラックホールだ」
   「けっきょく、ここにくるんだな〜」
   「やっぱり、そんなに甘くはなかったよ〜」
   「でも、ぼくたちがなんとかしなければとめられないんだよ」
   「そうよ。私たちがなんとかしなければ」
   「でも、どうすればいいのかな」
   「いまここでは、何も出来ない、とにかく、中に入ってみよう」と、みんなは、
   いっせいに黒い穴の中に飛び込みました。

   「うわー、やっぱり中は真っ暗だ〜」
   「なんだか、僕たちいつも落っこちてる気がするよ」
   「あまり近づき過ぎないで。引き込まれてぺしゃんこになっちゃうからね」

   しばらくすると、大量のごみが落ちてゆくのがみえました。そして、その先頭
   にはドーナツを二つ組み合わせた形をした銀色の装置が見えています。
   それは、ごみの尾を長く引きながら、まるで彗星のようです。
   「あれが、問題の電磁パワーユニットじゃないかな」
   「そうだよ。きっとそうだ」
   「でもそれなら、なんだかおかしくない」
   「うん、おかしいね。ブラックホールの中は、星さえも自分でつぶれてしまう
   ほど質量が大きいはずだし、光だって閉じこめられてしまうはずなのに・・・。
   あのパワーユニットは、原型を保っているし光って見える。ごみだって・・・」
   「と、いうことは、これはブラックホールでは無いと言うことなの」
   「巨大なエネルギーはもっているけれど、あれは単なる推進装置で、ごみは、
   ついでのおまけで、穴に落っこちているってことかな・・・」
   「なら、あのユニットが通過したあと、その場・・・穴は、時間が経てば閉じると
   いうことだよね」
   みんなは、いっせいに穴の上を見上げました。どうやら上のほうは、もう閉じ
   かけているようです。
   「じゃあ、放っておいても大丈夫ってこと」
   「いや、そうじゃないよ。あれは、宇宙の果てまでどこまでも落ちて行くよね。
   通過の途中にある星や宇宙空間でも、迷惑を被る人がいるかも知れない」
   「あのパワーユニットは、目の前に次々と小さなブラックホールを作っては、
   そこに落ち込んでいるんだ。小さくても、ブラックホールそのものだよ」
   「そうよ。どんどん他の物質が穴に落ち込んで質量が大きくなったとき、いつ
   巨大なブラックホールに変身しないとも限らないわ」
   「わかった。やっぱり僕たちで何とかしよう」
   「あ、ひらめいた。それなら方法はあるよ。僕たちは、一度外に出よう」
   
   ワームホールを通り、みんなは地球の反対側に先回りをしてパワーユニット
   が出てくるのを待ちました。そして、それをどこにも繋がらない単独のワーム
   ホールに落とし込むことに成功しました。
   「次に、このワームホールの反対側を、入り口とつなぐんんだ。そうすれば、
   そこには誰も入れないし、永遠に出られない」


   いつしか、森の緑は戻りました。でも、村人は一人も戻っては来ませんでした。


   めでたいのかな・・・
   なんだか、イソップのときは、あまりめでたい結末じゃないな〜  

  イソップなので、またまた何か教訓を垂れねば・・・

  
教訓T
   どうせまた誤報だと思って、簡単に警報装置の電源を落とさないようにね。
   せっかくの備えが、いざというときに何も無いことと同じになってしまうなん
   て、ばかばかしいよね。
   ましてや、それで人命が失われてしまうなんてさ。どっかの給湯器屋さん。

  教訓U
   ごみの減量や分別収集を、私のようにおっくうがってはなりません。
   環境のことは、みんなで考えなければいけません。自分だけ良ければ
   とか、自分だけは別、などと考えてはならないのです。
   もちろん、二酸化炭素もフロンだってそうですよ。

                                         2006.08.12

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