にじお版 近未来イソップ物語 『ねずみの会議』

痴れ者「にじお」の近未来偽イソップ物語 『ねずみの会議』


   ねずみたちは、猫の害から身を守るにはどうすればよいかと、会議を開いた。
   たくさんの案の中で、最も支持を得たのは、猫の首に、鈴をつけるというもの
   だった。猫が近づけば、鈴の音が警告を発し、皆、穴の中へ逃げ込むことが
   できる。と言うのだ。
   ところが、「誰が猫の首に、鈴をつけるのか」という話に、なった途端、議場は
   静まり返り、誰も発言する者はいなくなった。


   しばらく経ってから、シーンとした議場に大きな声が響き、一匹のねずみが
   立ち上がって、発言を求めました。以前から過激な発言をしては、過激派
   と仇名されているねずみです。
   「たとえ結果的に猫を欺き、十二支の外とした事実はあったとしても、それは、
   自ら確認を怠った怠慢な猫に非があるのであり、イベントがあることを教えて
   やったわれわれを目の仇とするなど、お門ちがい。逆恨み以外の何ものでも
   ない。親切は感謝されこそすれ、命を狙われる筋合いなど、全く無いのだ」
   声が上ずり、だんだん目が据わって行くようです。

   「誰が猫の首に鈴を付けるかだと。そんな悠長な議論をしている場合などで
   はない。身勝手で怠惰な猫は、一匹残らずこの世から抹殺されるべきだ。
   私は、今ここに、一匹一殺の対猫テロを提案する」
   議場は、一斉にどよめきました。
   「ねずみは、猫よりもはるかに数が多い。消耗戦なら、圧倒的にわれわれが
   有利だ。多くの犠牲を払ったところで、最後には、ねずみ算式に増えるわれ
   われが残る。われわれの勝利だ。鈴を付け損なって返り討ちに遭い、無駄に
   死ぬよりは、はるかにましだ。彼らは開放の英雄となり、聖戦の英雄として
   永遠に語り継がれるのだ。そうして、地上からすべての猫を抹殺したとき、
   猫を恐れながらの生活から開放され、王道楽土がけんせつられるろら〜」
   そう叫ぶと、そのねずみはその場に倒れこみました。頭に血が上りすぎて、
   脳血管が切れたようです。すぐに救急班が出動し、担架に載せて運び去り
   ました。

   「どうじゃな、いまの対猫一匹一殺テロの意見に賛同するものは、おるかな」
   議長の問いかけに、ロゴスと言う名のねずみが応じました。
   「その試みは、はじめは成功するかも知れません。しかし、猫たちも互いに
   協力し合って防衛策を練り、すさまじい勢いで反攻を開始し、徹底的な殲滅
   作戦に出てくるに違いありません。その戦いは、苛烈を極めるものになるで
   しょう。しかもそれは、必ずしもわれわれに勝算があるものではありません。
   なぜなら、確かに数では勝りますが、猫は一匹でも、ねずみの何十倍もの
   力を持っているからです」

   「そうだ。われわれより何十倍も力が強いばかりではなく、猫は何百倍もずるく
   て悪賢い。しかも、われわれには無い鋭い爪と牙を持っているのだ」
   続けて発言したのは、ネオコンとよばれる、端整で賢そうなねずみです。 

   「したがって、一匹一殺などは手ぬるい。遠くから猫を大量に殺戮する装置、
   すなわち大量殺猫兵器を開発すべきだ」と、主張しました。
   「大量殺猫兵器には人道上の問題があり、他の生き物たちからも支持を得る
   ことは出来ない」と、すかさず、コンサイスと呼ばれるねずみが発言しました。

   ネオコンねずみは一つ咳払いをし、ゆっくりと議場を見渡しながら言いました。
   「われわれの調査によると、猫たちは、すでに大量殺鼠兵器の開発を始めた。
   奴らがそれを完成させてからでは、もう手遅れなのだ。奴らがそれを完成させ
   る前に、われわれは大規模な先制攻撃をしかけ、それらを破壊し、野望を砕い
   て勝利しなければならないのだ」
   「初耳だが、その情報は正しいのか」と、議長ねずみが問いました。
   「われわれは複数の筋から情報を得ている。われわれの情報に間違いは無
   い。それに、他の動物たちの支持などは不要だ。この作戦が成功すれば、
   猫に苦しめられている多くの生き物たちから、雪崩を打ってわれわれを支持
   することだろう」

   「いや、そうはなるまい。他の生き物たちは、次は自分たちの番かと警戒し、
   武装を始めるかもしれない。そうなれば殺戮と報復の連鎖だ。それよりも、
   過去の過ちを謝罪し、清算をし、猫と平和協定を結ぶべきではないか」と、
   コンサイスねずみが発言すると、
   「何をいっているのだ。これは、自存自衛のための戦いなのだ」と 、ネオコン
   ねずみが声を荒げました。
   「猫は、大量殺鼠兵器を隠している。だからこの戦いは、われわれねずみに
   とって存亡をかけた自存自衛のための、避けては通れない戦いなのだ。
   あのずる賢い猫から身を護るため。生命を守るため。家族や愛するものを
   守るための戦なのだ」と、こぶしを振り上げました。
   議場からは、賛同の声が上がりました。
   「やらなければやられる。これは止むを得ない自衛のための権利としての、
   先制攻撃なのだ。殺れ!やられる前に殺るんだ。一気に、殲滅だあ・・・」
   酸欠になったのか、ぜーぜーと苦しそうに息をしました。
   「いずれにしろ、猫たちは気ままで、団結意識はわれわれほど強くはない。
   3割方も抹殺してやれば猫は戦意を失い、われわれの前にひれ伏すだろう」  
   
   「では聞くが、君は、それに必要な武器は用意できるのかな」と、議長が聞く
   と、ネオコンねずみは胸を張って、
   「それが、これからのテーマだ」と、答えました。
   議場には失笑がもれました。
 
   「とすると、まだ具体策は無いのだな。それでは、猫の首に鈴を付けることと
   変わらないではないか」と言われ、しぶしぶ引っ込みました。しかし、自衛の
   ための戦い、愛するものや家族を護る聖戦という大儀名分は、十分に皆の
   心を捕らえました。

   「他になにか、われらにこれ以上の犠牲者を出さないようにする、よい方法は
   ないものか」と、議長ねずみが問うと、
   「それでは、こんなアイディアはいかがでしょうかな」と、白ねずみが発言を
   求めました。それは、なにやら得体の知れない研究をしていると噂され、
   別名、マッドと呼ばれている奇妙な科学者ねずみでした。
   「いま私は、クローン技術を応用した遺伝子組み換えの研究をしています」

   「そうか、クローンを大量に使って、猫に一匹一殺テロを仕掛けるのか・・・」と、
   議場の中から誰かが声をあげると、
   「浅はかな。どうせやるなら、もっと、クールな仕事をしようではありませんか。
   私たちの中や近縁のものに、両足で立ち、両手を器用に使うものがある。そう
   した者から、目的に合う者を選び出し、さらに利用の可能性のある遺伝子を
   ピックアップして手を加える。そして、その者たちによって猫たちをひねり潰さ
   せるのだ。諸君もご存知の通り、幸いなことにねずみは世代交代が早い。
   猫が数万年かかる進化を、われらは、数年で達成することが出来るだろう」
   自分たちの身に一切の危険が及ばないこの提案は、全会一致で承認される
   と同時に、すぐにマッドの元で実行に移されました。

   世界各国のねずみや近縁のものからサンプルが集められ、遺伝子が調査さ
   れ、間もなく必要なデータが揃ってゆきました。それらを様様に組み合わせて
   シュミレーションが行われ、実験が開始されました。彼はミュータントなのか、
   ねずみの形をした地球外生命体なのかはわかりませんが、地球のねずみだ
   とは信じられないほどの、すぐれた手と頭脳の持ち主でした。事実、なんだか
   細かいところは、他のねずみとずいぶん違っているようにも見えました。   
   密かに彼は、自分の遺伝情報とともに、過激派やネオコンねずみの情報も、
   新しい遺伝子の設計図に組み込みました。 そして迷った末に、あのロゴスと
   コンサイスねずみの遺伝子も組み込みました。

   研究の成果はすぐに現れました。世代交代とともに進化はどんどん進み、間
   も無く、彼らは二足歩行を始めました。やがて、自由になった前足の一番内側
   の指が、ほかの指と異なる方向へ向きました。親指の誕生です。親指ができる
   と物が上手くつかめるようになり、やがて道具を使いはじめ、使い方を工夫し、
   さらに必要な道具を自ら作り始めました。
   すると、それに比例するように脳の容積がどんどん大きくなり始めました。

   このミュータントねずみの集団は、どんどん大きくなる脳を収容するために、
   体が徐々に大型化しはじめ、それにつれて寿命も延びて世代交代に時間が
   かかるようになったものの、それを補うように脳容積がますます大きくなって、
   さらなる進化を重ねます。
   尻尾は完全に消え、前かがみだった姿勢も、今では完全に直立しています。
   食生活も変わり、長かったあごが後退し始め、鼻の下に収まりました。

   やがて彼らは数を増やし、徐々に地上を支配して行きました。そしてある日、
   ついに猫に向きあいました。もちろん、彼らに猫を恐れる気持ちなどは微塵も
   ありません。その彼らが猫にしたことは、殺すことではなく、ペットとして飼い
   可愛がることでした。彼らの体は、猫よりもはるかに大きくなり、もう猫などが
   敵う相手ではありません。万物の頂点に立った彼らは、自分たちがかつて
   ねずみであったことを忘れました。そして、あるときから自分たちのことを、
   「ヒト」と呼ぶようになりました。

   幸いにして、戦士としての遺伝子は、あのロゴスねずみの理性とコンサイス
   ねずみの良心によって、記憶の淵の奥深くへと沈められてしまいました。
   しかし、遺伝子の中に埋め込まれた戦士としての記憶は時として暴走し、
   身勝手なりゆうで理不尽に、他の生命を絶滅へと追いやるのです。
   そしてなぜか、その矛先は、自衛と正義の名のもとに同じ「ヒト」へと向かう
   のです。
 
   願わくは、さらに理性の記憶が戦士としての記憶を奥深く封じ込め、世の中
   が、いま以上には、戦いや殺戮の恐怖へと向かうことのありませんように。


   平和のための戦争などあってはならないし、正義の戦争などありはしない。
   唯一、正義の戦いが存在しうるのは、亡国の為政者の言葉の中だけである。

   
                                            2006.08.15

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