にじお版 近未来イソップ物語 『メンドリと金の卵』

痴れ者「にじお」の近未来偽イソップ物語 『メンドリと金の卵』


   ある農家の夫婦が、金の卵を産むニワトリを飼っていた。二人は、ニワトリの
   腹の中には、大きな金塊があるに違いないと思い、腹を裂いてみた。しかし、
   腹の中には、金塊など無かった。
   こうして、いっぺんに金持ちになろうと目論んだ夫婦は、毎日保証された利益
   をふいにしてしまった。



   「やはり無かったな・・・、だいいち、金があったところでこのニワトリの体より
   大きなものがある訳はないし。がっかりはしたが、まあ、想定の範囲内だな」
   と言うと、二人はそのニワトリを抱え、庭に造ったばかりの建物に運びました。

   その内部は、白くて衛生的な、まるで病院か何かの研究室のようです。
   「先生、報酬はたんまりとはずみますので、このニワトリのクローンをたんと
   作ってください」と、白衣姿の男に向かって言いいました。
   「安心して任せてください。私は、この道のプロです。これまでに、いくつもの
   実験を成功させています。しかし、メンドリのために、こんなに大金を投じる
   のは、お二人も物好きな方たちですな・・・」
   「実は、信じられない話でしょうが、このメンドリは、寝るのも食べるのも私ら
   といっしょ。子のいない私たちにとっては、まるで娘のようなものでした。だか
   ら死んでも食べる気にはなりません。いつまでも大勢の娘たちといっしょに
   暮らしたいと願うのです。だから、出来るだけ多く、どんどん作ってください」
   と、二人は目頭をおさえました。
   「それは、さぞ気をお落としでしょう。私に任せておけば大丈夫です。どうぞ、
   大船に乗ったつもりでいてください」と、白衣の男が胸を叩きました。
   「先生、それでは、よろしくお願いします」と、夫婦は小屋の外に出ました。

   「しめしめ、奴はなにも気づいてはいない。後は、あのメンドリのクローンが
   たくさん出来てくれることだけだ」と、二人はほくそえみました。

   やがて、クローンのメンドリは増え、百羽になりました。夫婦は、その百羽の
   産んだ金の卵で、万羽が入る鶏舎と、盗難を予防するためのセキュリティを
   つくりました。次にその万羽の産んだ金の卵で、百棟の鶏舎をつくりました。
   あとは、百棟の万羽のメンドリが、金の卵を産むのを待つばかりです。
   その間、夫婦は、何を買おうか、何に使おうかとあれこれ考えました。
   「国を一つ買い、金で出来たお城を作り、金の町を作り、道路を金で舗装し、
   金の農具で野良仕事をする領民を視察するために、金の冠をかぶって、
   金の馬車で二人で出かけよう。時には、金に埋もれてみよう・・・」と、話し
   合いました。
   
   やがて、百棟の万羽のメンドリは、一斉に金の卵を産みはじめ、こうして、
   夫婦は大量の金の卵を手に入れることが出来ました。
   そして、その金の卵を持って市場へ出かけてゆきました。しかし、誰もその
   金の卵と品物とを交換してくれる者はありません。
   「不思議なことだ。まあ、少しくらいまけてやっても金は大量にあるからな」
   と、交渉してみましたが、やはり品物と交換する者はだれもありません。
   やがて、みんなの後ろには、袋にたっぷりつまった金の卵があるのに気が
   つきました。
   なんと、金の価格は大暴落していたのです。金の卵が百個あっても普通の
   卵が一個も買えない有様です。
   原因は、夫婦を怪しんだあの医者が、やがてメンドリの金卵の秘密を知り、
   クローン細胞を世界中にネットオークションで売りさばいたため、世界中の
   農家が、こぞって普通のメンドリを飼うのをやめ、金の卵を生むメンドリを
   飼い始めたためだとわかりました。
   大金を掛けたセキュリティシステムは、外側に対しては有効でしたが、内部
   からの持ち出しなどに対しては何の考慮もなかったのです。
   夫婦は、医者に対して「してやったり」と、高を括(くく)っていたからです。

   畑の土には使えない。屋根を葺くには重すぎる。壁にすると、夏は暑く冬は
   寒くて絶えられない。ドアや窓枠といった建材にも使えない。道を舗装する
   石畳には、やわらかすぎ。馬車どころか、農器具にだって、包丁やなべに
   だって使えません。
   他の道具にも、使えるものではありませんし、もう、指輪やアクセサリーに
   だってしようとする人はありません。
   わずかに、金歯の需要があるのですが、それだって、安い材料を使っている
   と思われるが嫌で、使うのはほんのちょっぴりです。

   こうして、毎日毎日、大量に産み落とされる金の卵のために、夫婦の所には、
   莫大な廃棄費用の請求書が届くのでした。
   そして、今考えると、なんと愚かな夢だったのでしょう。家中にあふれる金に
   埋もれることが、こんなにも辛くて苦しいことだったなんて・・・
   
   えっ、医者だけがたっぷり儲けていい思いをしたのかですって。欲の皮を
   つっぱらせた彼は、代金の支払いを、産んだ卵の歩合で受け取る約束を
   していたようですから、その結果もおのずと知れましょう・・・
  
   
   愚かなことと小賢しいことの間に、どれほどの違いがあるというのだろうか。
   ついでに、「過ぎたるは及ばざるがごとし」ってとこかな・・・
   

                                            2006.08.19

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