にじお版 近未来イソップ物語 『老人と死神』

痴れ者「にじお」の近未来イソップ物語 『老人と死神』


   その老人は、森で木を切り出し、切り出した木材を町へ運ぶ仕事をしていた。
   ある日のこと。老人は、いつものように重い荷物を背負い、長い道程を歩いて
   いたのだが、とうとう精も根も尽きてしまい、道ばたにへたり込んでしまった。
   そして、背中の荷を放り出すと、「ああ、もう死んでしまいたい」と、深く溜息を
   ついた。
   すると、突然、死神が現れ、「私を呼んだのはお前か?」と、聞いた。 
   慌てて、老人は答えた。
   「おお、ちょうどよいところへ来てくれました。この荷物を背負うのを、ちょっと
   手伝ってもらえませんか」


   死神は、「死神に力仕事を手伝わせるなんて、なんて不届きな奴だ」と、思い
   ましたが、他に急ぐ用も無かったので、手伝ってやることにしました。
   さすがに神というだけのことはあり、ちゃんと神の力を持っておりましたので、
   仕事は順調に進み、予定よりもずいぶんと早くに終えることが出来ました。
   「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」と、老人が言いますと、
   「よい。昨今は、死神もお客様第一主義なのだ。お客様あっての死神だから、
   お客様の最後のニーズには極力答えようと、死神組合の寄り合いで申し合わ
   せがあったのだ。気にするでない。まあ、どうせもうすぐ終わる一生なんだし」
   と、最後の方を、ぼそぼそとぼかしながら、死神は言いました。

   こうして今日の仕事を早く終えた老人は、早くに家へ帰りました。汚れを落とし、
   暖かい夕食をゆっくりと食べました。部屋の掃除をして、シーツもベットカバー
   も清潔なものに取替えました。
   「う〜ん」と、思い切り腰を伸ばし、早めに暖かなベットにもぐり込んだ老人は、
   幸せそうな顔でつぶやきました。
   「やれやれ。今日の仕事はどうなるかと思ったが、死神のおかげで助かった。
   突然現れたときは観念したが、楽ができたおかげで、どうやら、うんと寿命が
   延びたような、そんな気がするな・・・」
   ベッドの傍らで待っていた死神は、それを聞いて「しまった」と思ったものの、
   もう後のまつり。

   「お客様第一主義というのは、簡単に口で言うほど楽ではないな・・・」
   そう言うと、死神はお手挙げのポーズのままで姿を消しました。
   木材運びをさせられた上に、任務にも失敗した死神。当分は、もうお迎えに
   来ることもないことでしょう。

 
  世の中、何が幸いするのか分らない。
   「人間(じんかん)万事、塞翁が馬」といったところか・・・


                                             2006.08.26

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