にじお版 近未来イソップ物語 『キツネとツル』

痴れ者「にじお」の近未来イソップ物語 『キツネとツル』


   キツネがツルを夕食に招待した。出された美味そうなスープにツルは喜んだ。
   しかし、スープは平らな石の皿に注がれ、ツルが飲もうとすると、長い嘴から
   こぼれてしまうのだった。キツネは、スープが飲めずにいらだっているツルの
   ことが、おかしくて仕方がなかった。
   次は、ツルの番である。ツルは、一緒に夕食を楽しもうとキツネを誘い、キツネ
   の前に首の細長い壺を置いた。ツルは、壺の中に嘴を突っ込むと、ゆうゆうと
   美味いスープを味わったが、キツネは、味を見ることすらできなかった。キツネ
   は、自分がツルにしたのと、相応の持て成しを受けたのであった。



   「こうなることが分っていながら、ツルの招待に応じた俺は、つくづく馬鹿者だ」
   と思いながらも、しばらく考えていたキツネだったが、突然ひらめいた。
   「そうか、そうだよ。なんだ、壺を横に倒せば良いだけのことじゃあないか」
   そう言うと、早速、壺を横倒しにしてみた。倒れた瞬間にこぼれたものが多少
   はあったものの、そのほとんどを上手に食べることが出来たのだった。
   「ツルさん。無作法はお許しください。でも、実に美味いスープでした。こんな
   に美味いスープは、滅多にご相伴に預かれるものではありません。こんども
   また、ぜひとも夕食に招待してくださいね」
   にやりと笑いながら、キツネは、嫌味たっぷりに言った。
   ツルは悔しかったのだが、それでもどうにもしようが無かった。

   「頭の出来が、ツルとは違うのさ」
   調子に乗ったキツネは、森中に大声でそう言ってまわった。
   それを聞いたツルは、もう、悔しくて悔しくて仕方が無かった。そこで、平らな皿
   からスープを飲む練習を始めたのだったが、なかなか上手くは出来なかった。
   どうしても、くちばしの隙間から空気が入り、スープがのどまで届かないのだ。
   それでも、一所懸命に考えた。考えに考えに考え抜いた。すると不思議なもの
   で、考えているうちに、一つの方法が頭の中に浮かんできた。そして、ツルは、
   適当な太さの葦の茎を、程よい長さに切って羽に隠したのだった。

   それからしばらくして、また、キツネがツルを夕食に招待した。。やはり、スープ
   は平らな石の皿に注がれていたが、そのスープを前にツルは言った。
   「これは、美味そうなスープだ。キツネさん、早速、ご馳走になりますよ」
   それを見て、キツネは思った。
   「やはり、ツルは本物の愚か者だ。二度も同じ過ちを繰り返すなんて・・・」
   ところがツルは、その平らな石の皿に注がれていたスープを、フーフーと吹い
   ていたかと思うと、上手に飲み干してしまったのだ。
   すばやく隠し持った葦の茎を口に含み、それをストロー代わりにスープを飲
   んだのだが、笑ってやろうと構えていたキツネは、それに気がつかなかった。
   あんぐりと、だらしなく口をあけたままのキツネを見て、ツルが笑って言った。
   「今度は、私が夕食に招待しますから、ぜひ、いらっしゃって下さいね」
   
   今度もまた、ツルは、キツネの前にスープの入った首の細長い壺を置いた。
   今日は油断出来ないぞ、と身構えていたキツネだったが、それを見て思った。
   「この前は、どんな手を使ったのか知らないが、ずいぶんと驚かされた。だが、
   今日は変わったこともなさそうだ。やはりツルは、お人良しの大愚か者だ」
   キツネは、ツルの作った美味いスープを、今度は一滴もこぼさず飲み干そう
   と思い、横倒しになる瞬間に壺の口を、自分の口でくわえたのだった。
   一瞬の間を置いて、突然「わ〜っちっち〜」と、キツネは舌を押さえて、部屋中
   を飛び回った。

   ツルは壺の中に、ぐつぐつと煮える熱いスープをたっぷりと入れておいたのだ。
   平たい石の皿は空気に触れる面が大きく、その分冷めるのが早い。それに比
   べ、口の細い壺はスープがほとんど空気に触れないため、温度も下がり難い。
   こうしてツルは、「頭の出来がキツネとは違う」ことを証明し、キツネは、二度と
   ツルのことを愚か者とは呼ばなくなり、近づくことさえもしなくなった。


   せっかく頭を使うことをしたキツネだったが、残念ながらそこまで。最後の最後
   まで頭を働かせたツルに軍配。
   出来ないことを、ただ出来ないと嘆く前に、工夫をしてみることが肝要である。
   必要は発明の母であり、欲望は生きる意志の発現であるのだ。


                                             2006.08.30

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