ぶたパンダの冒険X 『地球のきおく』

 
       きょうのおやつは、まるい穴のあいた、まんまるドーナツです。
       「穴が無かったら、もっとたくさんたべられるのにね」と、みんなが言
       うと、突然、足元の地面にぽっかりと穴が開いて、中に吸い込まれ
       てしまいました。
       まっくらな穴にすいすい落ちていく途中でも、みんなは、もうすっかり
       落ち着いたものです。

       「暗さに目がなれてきたのかな?」と、ぶたパンダがいいます。
       目の前の壁にぼんやりと見えていたものが、徐々にはっきりと見え
       てきました。なにかが、さかんにぶつかり合っているようです。
        
       もう落ちているのかどうかもわからないほど、ゆっくりしたスピードに
       なっています。

       「キャー」、「わー」、「あれ〜」
       とつぜん、目の前に真っ赤な火の玉が見えては、さすがにみんなも
       ビックリです。 

       「46億年前、微惑星のはげしい衝突の中からできた、巨大なかた
       まり。マグマの海におおわれた、これが地球のはじまりの姿です」
       と、頭の中に静かな声が聞こえました。
        
       「マグマの海から、だんだんと地表が冷えるにつれて、はるか上空に
       あった雲は徐々に下がりはじめ、ぶあつい雲を作ってゆきます。
       やがて、地表の温度が300度まで下がったとき、雲は豪雨となって
       地上にふりそそぎ、いっきに地球に海をもたらしました。
       水温が150度をこえる海には、生命の素材となるいん石が、たえま
       なくふりそそぎます」
       
       「原始地球の誕生から遠くないある日、火星ほどもある最後の原始
       の惑星が地球をおそいます。ジャイアント・インパクトです。
       マントルの一部をもえぐりとり、宇宙空間へと飛び出した物質が集
       まって、やがて小さな天体を作りました。月の誕生です」

       「すごい〜」、「こわい〜」、「ひえ〜」と、みんなは息をのみます。

       「月の誕生から5億年ほどたったころ、シアン化亜水素や青酸カリ
       が溶け込む海の中の過酷な深海の熱水鉱床のもとで、初めての
       生命が誕生しました。DNA(青酸カリの分子の鎖)を持ち、二酸化
       炭素や硫化水素、硫黄などをエサとする、核を持たない原核細胞
       です。
       地球と月の距離は、現在の半分ほど。海の干満の差は10メートル
       を超え、生命の素材がたっぷり溶け込んだ海を、フラスコのように
       ゆさぶりつづけました。月による、巨大な作用があってはじめて、
       生命の誕生が可能となったのです」

       「あっ、見たことがあるよ。あの海底の煙突・・・」
       「熱水鉱床って、海で見た煙突・ブラッスモーカーのことなんだ・・・」

       「生命が誕生したころ、月の巨大な引力の作用で、はげしい火山
       活動が続き、やがて陸地がつくられました。この陸地の出現は、
       大気の環境を激変させます。陸地から海に流れ込んだカルシウム
       やナトリウムが二酸化炭素を吸収し、太陽の光は直接、海にとどく
       ようになりました」

       「生命の誕生から5億年ほどたったころ、突然変異で酸素を放出
       するバクテリアが誕生しました。シアノバクテリア(藍藻類)です。
       このシアノバクテリアが光合成によって出す酸素は、たっぷりと
       海にふりそそぐようになった太陽の光によって増大し、酸素は海に
       満ち満ちてゆきます」

       「あっ、これってマンタさんに見せてもらったストロマトライト・・・」

       「そうです。シアノバクテリアがあつまって、つくりだしたものです」

       「それから15億年。いまから20億年ほど前のこと。異なった進化
       をした二つの生命がとつぜん一つになり、核を持って酸素で呼吸
       をする新しい生命が誕生しました。真核細胞の誕生です」

       「生命は、分れつによって自分の複製を作り、増えてゆきました。
       分れつは、数を増やすためには効果的な方法です。しかし、海の
       環境の変化で全滅の危機に直面したとき、それはリスクの大きい
       方法でもあります。
       ある絶滅の危機に瀕したとき、生きのびるために二つの細胞が
       合体して難をのがれました。そして、その細胞が再び分れつする
       ときに、遺伝子の組換えがおこりました。性のはじまりです」

       「遺伝子の組換えが行われることによって、生命の進化は飛躍的
       に早まることとなりました。そして、性を生み出したことによって、
       生命は、死という定めを持つことにもなったのです。
※1
       やがて、様々な環境の変化に適応するため、細胞同士がつながり
       ひとつの体をつくって行きました。ついに、多細胞生物が誕生した
       のです。10億年ほどまえのことです」

       「それまでの生命って、死ぬことがなかったんだ・・・」
        
       「いまから6億年ほど前。2度目の全球凍結(スノーボール・アース)
       を熱水鉱床の周りで生きのびた生命は、全球凍結のあいだに蓄え
       られた養分とふりそそぐ太陽光によって、まず光合成生物が爆発的
       に増加します。その結果として酸素濃度は増大し、その大量の酸素
       を利用して、一気に大型化します。
       このエディアカラ生物群は、大量の酸素を必要とするやわらかい
       コラーゲンの体を持って、100種類ほどにも多様化しました。
       その中には脊椎動物の祖先となる、脊さくを持つ生命も生まれて
       いたのです」

       「えー、目に見える大きになるまでに、35億年もかかったんだ」
       「生命って、ずいぶん、しんぼう強いんだね」
        
       「それから数千万年たった5億3千年ほど前。生命は一気に多様化
       をすすめます。その種類は爆発的に増え、バーチェス生物群では、
       1万種を超えることとなりました。
       そして4億6千年前。脊ついを持つ原始的な魚、アランダスピスが
       あらわれます。しかし、まだ陸上には生命の姿は見えません」        

       「え、そうなの」、「え〜、どうして?」、「木も草も一本も無いの?」

       「太陽からふりそそぐ紫外線は、遺伝子にちめい的なダメージをあた
       えるからです。紫外線のもとでは、生命は生きてゆけないのです。
    
       しかし、生命たちは、自分たちの力でその問題を解決しました。        
       海に満ちた酸素は、やがて大気中へと広がって行き、21パーセント
       で安定します。その一部は、対流圏から成層圏にまでとどき、紫外線
       の作用によって、オゾンへと変化していったのです。
       このオゾン層は、紫外線から地上の生命を守るために、薄いけれど
       かけがえの無い、生命のためのバリアーとなったのです」

       「こうして整ってきた環境のもと、まず、植物が上陸をはじめます。
       つづいて、節足動物が上陸します。4億2千万年前のことです。
       そして、節足動物から進化した昆虫が地上の動物の王者となります。
       現在でも、すべての動物の70%は昆虫なのです」

       「4億年程前のこと、大陸が衝突して巨大な山脈を作ります。山脈は
       風をさえぎり、雲を集めて豪雨をもたらし、陸に大河をつくりました。
       大陸の衝突は、浅く豊かだった海を消滅させ、生命に激しい生存を
       かけた競争をもとめます。このときに海の頂点に立っていたものは、
       板皮類と呼ばれる巨大な魚の類です。
       弱者だった魚の中に、この捕食者から逃れ、未知の川を目指すもの
       が現れました。汽水域で腎臓を発達させ、体内に骨という海を作り、
       彼らは、徐々に新しい環境に適応していったのです。
        
       やがて、その中にヒレに骨を持つユーステノプテロンがあらわれます。
       さらにユーステノプテロンは、水辺に茂った植物が腐敗し、酸素が不足
       する川の中で肺を発達させ、空気中の酸素を利用しはじめました」

       「そして、川の中に4本の足を持つアカンソステガが生まれ、ついには
       両生類のエルギネルペトンが生まれました。しかし彼らにとって重力の
       壁を超えることは、容易ではありませんでした。
       しかし、3億6千万年前。ついに、脊ついを持つ生物の上陸する日が
       来ました。重力に耐える丈夫な足と内臓をまもるための肋骨を持った、
       私たち陸上動物の祖先のイクチオステガです。最初の魚が川を目指
       して以来、1億年もの長い長い時間が流れていました」

       「・・・」         
        
       「とても長くなりました。つかれたでしょう」と、頭の中の声が言いました。
       すると、すっと足がかたいものにさわりました。底についたようです。

       みんなの足が、地面についたところは、鏡の様に静かな地底の湖の
       ほとりでした。
       「地面の底なのに、ちっとも暗くないね」
       「きっと、目がなれたんだ」
       でも、すぐに地底の湖が七色に光っていて、まわりを明るくしていること
       に気がつきました。

       「なんだか神秘的で、きれい」と白ちゃん。
       「なにか出てくるかも・・・」と黒ちゃん。
       「きゃ〜」とちびたち。
       「ぼ〜」は、光る水面をじっと見つめた巨大くん。

       なんだか、光が強くなって、水面が少しもりあがったような気がしました。
       やがて、七色にかがやくオオサンショウウオが静かに姿をあらわしました。
       みんなはビックリしましたが、ここには逃げるところも、かくれるところも
       ありません。
        
       「おどろかなくてもいいんだよ。みんなを地上に帰してあげよう」と、
       七色にかがやくオオサンショウウオは、おだやかにいいました。
       みんなは、「あ、頭の中に聞こえていたのと同じ声だ」と、思いました。

       七色にかがやくオオサンショウウオは、七色にかがやく大きなアワを
       ひとつ、口から出しました。
       「さあ、この中に入ってください、地上に帰ることができます」

       ふれてみると、とても丈夫なアワで、まるめろの様な良いかおりがします。
       みんながアワの中に入ると、そのアワは近くにあった洞穴のひとつに
       「すいっ」と、すいこまれました。
       アワは、するするすると横へすべります。やがて、「ゴゴゴゴゴ・・・・・・」と
       地鳴りがしたかと思うと、・・・ 「ドッカーン!」
       みんなの入ったアワは、溶岩といっしょに地上に飛び出しました。

       そして、ぴゅーっと飛ばされながら、みんなは大切な地球のことを、
       いっぱいいっぱい考えました。
       他の友だちともいっしょに、いっぱいいっぱい考えようと思いました。

       じゃあね、まったまったまったまったまったね〜!


   
   ※1 分裂で増えるとき、元の生命と新たな生命の間に、基本的に差は
       ありません。すなわち、そこに個性は無く、単に同一の生命が複製され
       たのであり、それを繰り返す限り、その生命の死は存在しないと考える
       ことができます。
        
 
                                        2004.12.10-2
 
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