外伝 『虹魚の夢』
「唯一真実を知る者の悲しみと、深く絶望的な孤独の話」

 
      虹魚は、夢を見ています。
      虹魚は、長く生きてきました。とてもとても長く生きてきました。
      人類が生まれるよりはるか以前、地球に生命が生まれるよりも
      もっと古くから生きてきたことを。

      虹魚は、夢を見ています。
      出来たばかりの月は、いまよりず〜っと近い距離にありました。
      そして、地球を揺さぶり続け、いまも年間に3センチメートルほど
      遠ざかりつつあることを。

      虹魚は、夢を見ています。
      地球に生命が誕生したことは偶然ではなかったけれど、しかし、
      それは間違いなく奇跡であったことを。
      大きくても小さくても、近くても遠くても生まれなかったことを。

      虹魚は、夢を見ています。
      生命の突然変異とは、突然や偶然に起こるのではなく、生命が
      生命の存亡をかけて、自らを変異させた結果であることを。
      自らが、多様化を望んだ結果であることを。

      虹魚は、夢を見ています。
      たくさんの生命の始まりも、その生命が滅ぶありさまも見てき
      ました。繁栄のときに自然からのしっぺ返しで滅ぶことを。
      全球凍結が、まさしくそのとおりであったことを。

      虹魚は、夢を見ています。
      たびたび訪れた絶滅の危機に対抗するため、多様化の道を選び、
      その最も効果的な方法として、生命は性というシステムを作り出し
      たことを。

      虹魚は、夢を見ています。
      生命は、性という仕組みを手に入れた結果、一気に多様化しまし
      たが、そのことと引き換えに、死(世代交代)という宿命を背負わ
      ねばならなくなったことを。
※1

      虹魚は、夢を見ています。
      性を手に入れ多様化した生命は、個性をも持つようになりました。
      ヒトの個性は、同一のものが存在しないと言い切れるほどユニーク
      な存在であることを。
※2

      虹魚は、夢を見ています。
      陸上にあがった生命は、繁栄のときをむかえます。しかし、植物
      によって選ばれたものだけが、繁栄することが出来るのだという
      ことを。


      虹魚は、夢を見ています。
      生命は、安住の環境を手に入れたときに支配者となり、その環境
      の破壊とともに滅ぶということ。繁栄し、進化を忘れたときに生命
      は絶滅するのだということを。

      虹魚は、夢を見ています。
      いま、虹魚の姿をしているのか、七色のオオサンショウウオの姿
      なのか、そんなことは、もう、どうでもよいことなのです。
      ただ、虹色の夢を見つづけるのです。

      虹魚はながくながく、とてもながく生きてきています。

      虹魚は、夢を見ています。
      多くの生命が滅ぶのを見てきました。そして、それよりももっと
      多くの生命が、ヒトの手によって滅んだことを。
      多くの生命にとって、ヒトは殺戮者・破壊者でしかないことを。

      虹魚は、夢を見ています。
      やがて、ヒトは文明を築きました。そして、文明の始まりこそが、
      破壊のはじまりであったことを。ピラミッドを築くためにどれだけ
      膨大な森林が破壊されていったのかを。

      虹魚は、夢を見ています。
      たくさんの文明の始まりも、そしてその文明がほろぶありさまも、
      みてきました。文明は、その文明が頂点に至ったときに、自然
      からのしっぺ返しで滅ぶのだということを。

      虹魚は、夢を見ています。
      文明のはじまったころ、多くの仲間を失ったレバノン杉の嘆きの
      声を、いくつもいくつも聞いたことを。
      その声は、いまでもはっきりと耳に残っています。

      虹魚は、夢を見ています。
      森林が失われると大地は水をたくわえることが出来ず、表土が
      失われて植物を育てる力を無くし、不毛の大地が広がります。
      それによって支えられてきた文明は、その基盤を失いました。

      虹魚は、夢を見ています。
      どうして、ヒトだけが戯れに生命を奪い、またヒトどうしが生命を
      奪い合うのでしょう。いつまでも殺しあうことを止めないのでしょう。
      それがどんなものであっても、命とは悲しいものだということを。

      虹魚は、夢を見ています。
      ヒトどうしが争うすがたを、たくさん見てきました。多くの叫びや、
      多くの涙、そして多くの流れる血を見てきました。
      ヒトは、ヒトであることだけで悲しいものだということを。

      虹魚は、夢を見ています。
      いつになったら、ヒトは殺しあわず、平和に暮らせるのでしょう。
      いつになったら、ヒトは気がつくのでしょう。
      殺さなくても、殺し合わなくとも、ヒトはいずれ滅ぶということを。

      虹魚は、夢を見ています。
      いまこうしている間にも、ヒトは戦いをつづけていることを。生命を
      ほろぼしつづけ、森を殺しつづけ、自らをも傷つけていることを。
      いつまでも、殺される生命の叫びが聞こえています。

      虹魚は、夢を見ています。
      いまは、眠っているのか醒めているのか、そんなことだって、もう、
      どうでもよいことなのです。
      ただ、虹色の夢を見つづけるのです。

      虹魚は、夢を見ています。
      私たちは、どこから来たのか・・・
      私たちは、何者か・・・
      そして、私たちはどこへ行こうとしているのか・・・

      虹魚は、夢を見ています。うつつに夢を見つづけています。

      そして、虹魚は、またひとつ涙をこぼしました。
      すこしだけ波が立ちましたが、目には見えないほどのことです。
      虹色の湖は、ほんの少しだけ、また色を深くしました。

      ※1 ぶたパンダの冒険D : 『地球の記憶』参照

      ※2 人類の遺伝子の数は、10万組ほどだそうです。
         その内の93%は、ヒトとして共通のもので、たった7%が
         ヒトの個性を決定するのだそうです。
         しかし、このたった7,000対の違いというのが・・・
         エクセルで2の7,000乗を表示させようとしたら、エラーが
         出て表示させることが出来ません。
         ちなみに、下記の数字は2の200乗です。私には、読む
         ことすらできません。
         7,000対の違いということが、いかに天文学的な数字なの
         かをご理解いただけるかと思いますが、いかがでしょう?
         言い換えると、これまで生きてきた人類の、またこれから
         先、どれほど人類が生き続けられるかは分かりませんが、
         何億年も先まで生まれる人類を数えたとしても、二つとして
         同じ個性は無いと言い切れるほどの数字だと思います。
         ヒトって、ほんとうに唯一無二。ユニークな存在なんです。
            
         『1,606,938,044,258,990,000,000,000,000,000,000,000,000,000,
          000,000,000,000,000,000』


                                   2004.12.24
 
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