にじお版 近未来イソップ物語 『アリとキリギリス』

痴れ者「にじお」の近未来偽イソップ物語 『アリとキリギリス』

 
 
  ある、とても寒い冬の始まりの日、アリたちは、夏の間に集めておいた食料
   を整理するのに大いそがしだった。そこへ腹をすかせたキリギリスがやって
   きて、ほんの少しでよいから、食べ物を分けてくれるようにと言った。
   すると、アリはキリギリスに尋ねた。
   「なぜ、夏の間に食べ物を貯えておかなかったのですか」
   キリギリスは、答えた。
   「暇をつぶしていたわけではありません。道行く人々の心を慰めるために、
   来る日も来る日も歌っていたので、その時間がなかったのです」
   するとアリたちは、笑いながら言った。
   「夏の間を歌って過ごしたのなら、冬には、夕食抜きで踊っていなさい」
   

  
   「またここもだめか・・・、私は、人のためにと信じて歌っていたのだが・・・」
   キリギリスはひとつため息をつくと、隣の戸口へ向かって歩き始めました。

   後ろの方でその様子を見ていた若者アリは、キリギリスに興味をもちました。
   そして何匹かが集まって相談をし、大人のアリにつめよりました。
   「食べきれないほど備蓄された食料があり、不足する恐れなどないのだから、
   少しくらい食べ物を分けてやったっていいのではありませんか」
   すると大人のアリは、
   「食料を分けてやることが嫌なのではない。頼みさえすれば、間単に食料が
   手に入るなどという甘い考えを持つことは、彼らにとっても良いことではない。
   彼らも、労働の尊さを知るべきなのだ」と、若者アリたちに言いました。

   しかし、若者アリたちは好奇心を押さえ切れません。食糧を持ち、誘い合い、
   やがて、そっとキリギリスの家のドアを叩きました。
   いつでもどこの世でも、若者たちが新しい文化や価値観を創って行くのです。
   そこで新たな楽しみを知った若いアリたちは、「冬に楽しみがあれば、夏に動く
   意欲も増すから」と、伝統精神の崩壊を心配する大人のアリを説得します。
   しかし、いくら話しても認められない彼らは、ついに若者だけで新しいコロニー
   を作ろうと画策し始め、ついには、暴力に訴えて古い考えを破壊しようとする
   過激な者まで現れました。

   これまで築いてきたものを壊されてはたまらないし、それ以上に若者がいなく
   なってしまうことを恐れた大人のアリたちは、慌てました。
   それなら、一度様子を見てアラを探し出して諦めさせてやろうと、しぶしぶです
   が、大人のアリたちも参加してみました。
   ところが大人のアリたちにも、長い冬を毎日ただひっそりとして春を待つよりも
   はるかに楽しいことだと分り、これまた、すっかりはまってしまいました。
   ホームコンサートに、小規模のパーティやディナーショー。子供たちへの読み
   聞かせだって、BGMがあるとグッと盛り上がります。 

   毎日の様にキリギリス主催のホームコンサートやパーティが開催されるもの
   の、すっかり楽しみの味を覚えてしまったアリたちは、招待の順番を待ち切れ
   なくなってしまいました。
   やがてアリたちは、自分たちでコンサートや様様な企画を考え始め、それに
   つれて、どんどんと規模が大きくなって行きました。
   そうしたとき、古い食糧庫に迷い込んだアリによって、たまたま発見されたと
   いう、食糧が発酵した汁が届けられました。良い香りに誘われ、恐る恐る飲ん
   でみたところ、夢見心地にしてくれるすばらしいものであることが分りました。
   酒の味を覚えたアリたちは、大々的に探検隊を組織し、落盤事故に備えなが
   ら、すでに使われなくなった古い食糧庫を徹底的に調査しました。その結果、
   様様な発酵酒を大量に発見することが出来ました。その埋蔵量は何十年分も
   あり、さらに発酵しかけているものがそれ以上に埋蔵されているのも確認され、
   やがて、それらをブレンドすることも覚え、それらは冬の生活には無くてはなら
   ないものになりました。   
   そして、酒とくれば次は踊りです。てんとう虫が呼ばれて踊りの指導が行われ、
   女王アリ主催の大舞踏会も、たびたび行われるようになりました。

   こうなると、持って生まれたアリたちの勤労愛好精神はここでも発揮されます。
   ホールはどんどん拡張され、離れた場所にあるアリの巣どうしの社交の場と
   して、さらに情報交換の場としても機能し始めました。
   また、自分たちのエリアの特産品を交換しあうための市が立ち、紛争が勃発し
   た場合の調停の場ともなり、これは始めはサロンとも異巣間交流と呼ばれて
   いましたが、やがて巣際連合へと発展して行きました。
   さすがに伝統的に勤勉精神を持つアリたちのこと。経験によらない情報がどん
   どん蓄積され、その情報を共有することによって、アリたちの社会は、瞬く間
   に、目覚しい進歩と発展を始めることになりました。

   「伝統精神の崩壊は、まったくの杞憂だった。若者はますます頑張り、こんな
   高福祉サービスが受けられるようになった。もっと早くからキリギリスのことを
   認めるべきだったなあ」と、おじいさんのアリは果実酒を手に、輝く夏の太陽を
   見上げてつぶやきました。


   えっ?まだ少し続きがあるようですね。あれからずいぶん経った、21世紀の
   中頃のお話です。

   「キリギリスさん、ずいぶん良い時代になったものですね」
   「いやはや、まったくです。実に良い時代になったものですよ、アリさん」
   「今は、どこもかしこも1年中が夏ですから、せっせこ冬の食糧を心配する必要
   も蓄える必要もぜんぜんありませんしね」
   「ほんとうです。いつだってどこにだって、たっぷり食糧はあふれていますから」
   「来る日も来る日も、食べて飲んで歌って踊って騒いで・・・、先祖たちの労働や
   食糧運搬や貯蔵の苦労の話など・・・」
   「まさしく。食糧調達や、ひもじかった話など、夢のまた夢ですね・・・」
   「こんな時代ですと、紛争の起こる理由などもなくなってしまいました・・・」
   「まったく、話のかけらも信じることが出来ません。良い時代になったものです」
   「まったくありがたいことですなあ」

   アリとキリギリスは、さまざまな蜜で作ったカラフルなカクテルを楽しみながら、
   まぶしそうに空を見上げました。


   おや、まだ続きがあるのですか。それから数百年ほど経った頃のお話ですね。
   どこかにアリとキリギリスの面影を残す魚たちが話をしています。


   「先祖から伝わるあの話は、本当なのだろうか?」
   「ああ、僕たちの先祖は足というものを持ち、いろとりどりの美しい地面という物
   の上を歩いていたと言う、あの話だね」
   「そうさ、暑い夏には働き、寒い冬には暖かい地面の下で歌ったり、飲んで足で
   踊ったりしたという、あの話のことさ」
   「そう、地面の上を歩くと言うのは、いったいどんな感じがするのだろうか・・・」
   「自分の体の重さを感じることが出来たとも伝えられているけれど・・・、自分の
   体の重さを感じるって、いったいぜんたい、どんなことなんだろう・・・」
   「20世紀の終わり頃から急激に温暖化が始まったときに、21世紀の人間たち
   の多くがそれを止める努力をしなかったおかげで、ついに地面は海に飲み込ま
   れてしまったんだそうだ」
   「そうだ。そして残った地面も紫外線という光の毒に犯され、海の中以外に生き
   物は住めなくなってしまったんだ」
   
   「ああ、歌うってどんなだろうか・・・」
   「足で歩くって・・・、踊るってどんなだろうか・・・」
   「カクテルを飲むってどんなだろうか・・・、眠らなくても素敵な夢をいっぱい見る
   ことが出来るものだというのだけれど・・・」
   「ああ、どれもこれも、いちどでいいから試してみたいものだ・・・」
   「本当に、愚かな人間どもが・・・」
   「けしからん。じつにまったくもって、けしからん話だ」
   「いつか地面を歩く。そんな時が、ふたたびやって来るのだろうか・・・」

   海中にたっぷり溶け込んだ二酸化炭素をこれでもかと吸収・固定化し、巨大
   な山脈の様に連なったけばけばしい珊瑚の群れや、あふれる二酸化炭素と
   太陽光線を最大限に利用して巨大化し、ところかまわず、うっそうと生い茂る
   巨大な海藻の森の、薄暗いわずかな隙間を窮屈そうに泳ぎながら、夢を見る
   ようにいつまでもいつまでも同じ話を続けているのでした。


   食わず嫌いは良くないね。「クライム エブリー マウンテン」だよ。
   そして何でもありの世の中だもの、いつ何どき、何がどうなるかは解らない。
   良くも悪しくもね。
   そして、小さなところからコツコツ・コツコツと、CO2の削減の努力をして行き
   ましょうね。フロンもね。

                                      2005.12.03

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