にじお版 近未来イソップ物語 『町のネズミと田舎のネズミ』

痴れ者「にじお」の近未来イソップ物語 『町のネズミと田舎のネズミ』


   田舎のねずみが、御馳走を振る舞おうと、仲の良い町のねずみを招待した。
   二匹は畑へ行き、麦の茎、大根を引っこ抜いて食べたとき、町のねずみが
   こう言った。
   「君のここでの暮らしぶりは、まるで蟻のようだ。それに引き換え僕の家は、
   豊かなものさ。あらゆる贅沢に囲まれているんだ。いちど僕のところへ来て
   みるといいよ。そうすれば、珍しいものが腹一杯食べられるから」
   田舎のねずみは喜んで承知すると、二匹は連れだって町へと向かった。
   家に着くと、町のねずみは、パンに麦、豆に乾燥イチジク、蜂蜜、レーズン、
   さらに、カゴから上等のチーズを取り出して、田舎のねずみの前に置いた。
   御馳走を前にして、田舎のねずみは、心のこもった言葉でお礼を述べた。
   そして、自分の暮らしが如何に惨めであるかを嘆いた。
   しかし、彼らが御馳走を食べようとしたその時、何者かが扉を開けたのだ。
   ネズミたちは鳴きながら、なんとか二匹が潜りこめる狭い穴をみつけると、
   一目散に逃げ込んだ。
   改めて、彼らが食事を再会しようとすると、また、別な誰かが入って来た。
   腹が減ってたまらなくなった田舎のねずみは、町の友達に言った。
   「こんなに素晴らしい御馳走を用意してもらったけど、これは、あなた一人
   で食べてください。こんなに危険が多くては、ボクはとても楽しめません。
   ボクには、畑で大根でもかじっている方が性に合うようです。あそこならば
   安全ですし、怖いことなど何も無く暮らせますからね」



   「しかし、かわいそうなやつだな。奴は心の芯まで田舎者だ。こんなに便利
   で、こんなに毎日が刺激的な町の生活が理解できないなんて」と、言うと、
   ワインを片手に、町のねずみはあわただしくご馳走を食べ始めました。
   一方、田舎のねずみは、
   「あー、驚いた。奴は、クレージーだ。毎日、あんな命がけの環境の中で、
   良く平気で生きてゆけるものだ・・・。僕などは、ストレスですっかり寿命が
   縮んでしまった」と言いながら、とぼとぼと田舎へ帰って行きました。
   田舎に帰ったネズミは、以前と同じように、のんびり、のほほんと暮らし
   はじめました。
   そして、もう一度たりとも、町の生活を思い出すことはありませんでした。

   あるとき、田舎のねずみは、不思議なことに気が付きました。青虫が一匹も
   いない大豆畑や麦畑、甜菜(てんさい)の畑があるのです。
   「何だろう、あの畑は。青虫が寄り付かないなんて、よほどまずいのに違い
   ないな」と、思いました。
   一度は好奇心から近寄ってみたものの、それからは近づきもしません。
   だって、青虫のいる、おいしい大豆や麦の畑がたくさんあるのですから。

   またあるとき、びわの実やぶどうをかじったのですが、タネがありません。
   「ゲッ、はずれだ。うまい実には大きなタネがつきものだからね」と、もう、
   その木には近づきません。
   でっかいタネのある、ひとつで二度おいしいびわやぶどうが、たくさんある
   のですから。

   寄り合いで、形の良い野菜ばかり成っている畑のきゅうりをかじったこと
   のあるねずみが言いました。
   「あんなにまずいきゅうりはないよ。何をかじっているのか、さっぱり分か
   らんかった。そして、それだけじゃないんだ。あとで気持ちが悪くなって、
   三日も寝込んでしまったよ」
   「僕もそうだったよ」と、きれいなトマトを食べたというねずみが言いました。
   田舎のねずみたちは、虫食いも無く形の良すぎる、異様に青々とした野菜
   や果物を、二度と食べようとは思いませんでした。
   だって、おいしい野菜を食べても人間に追い回されることはありませんが、
   まずい野菜を食べて追い回されることは、本当に、ばかばかしかったから
   です。

   さまざまな農薬を使い、虫もつかず、病気にもならずすくすく育つ野菜。
   ホルモン剤などを使って、タネをなくした不自然な果物。
   遺伝子を組み替えて、病気も虫もつかずに青々と育つ穀物。
   そんな田舎の畑は、どこまでものどかです。

   そんなある日、町のねずみが田舎のねずみを訪ねて来ました。すっかり痩
   せて、ずいぶんやつれた姿です。
   「やあ、良く僕を訪ねてくれたね」
   田舎のねずみは、そんな町から来た友人を歓迎しました。

   水をもらい、一息ついた町のねずみは、町であった恐ろしい話を始めました。
   「はじめは犬や猫に、突然歩けなくなるものが出始めた。次には、ぐるぐると
   回ったり踊ったりと奇妙な行動が続き、やがて、ねずみを追い回す犬や猫は
   いなくなった。ねずみたちは喜んだ。もう恐れるものもなく、毎日、腹いっぱい
   食べることができた。しかし、そのうち、ねずみにも、同様の奇妙な行動が出
   はじめた。そしてついには、人間もその例外では無かった」と、いうのです。
   そしてその原因は分からず、今、町はパニックになっているというのでした。

   「そうか、君は大変な目に合ったんだね。でも、ここは大丈夫さ。何も起きて
   はいないから、原因が分かるまで、ゆっくりして行くがいいよ」と、いいました。
   安心したのか、町のねずみは、夕食までぐっすりと眠りました。

   「さあ、食事ができたよ。君のところで見た様につくってみたのさ。口に会うと
   いいのだけど・・・」と、パンに大麦、豆に乾燥イチジク、蜂蜜、レーズンなどを
   並べました。
   大喜びで、その食べ物を口にしたとたん、町のねずみは息絶えました。
   「毒の入っていない食べ物は、君たちには毒だったのかもしれないなあ」と、
   田舎のねずみは、思いました。


   好意が仇になっただけのこと。田舎のねずみに罪はない。
   教訓が違う?では、もとい。
   食べものは、見てくれでいいのか?ブランドでいいのか?便利なだけでいい
   のか?政治決着で本当にいいのか?
   欲しいのは安全と情報の開示・・・と、まあ、そういうことです。


                                         2006.08.21

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