にじお版 近未来イソップ物語 『ロバの陰』

痴れ者「にじお」の近未来イソップ物語 『ロバの陰』


   ある人が、遠くの町へ行くためにロバと馬方を雇った。その日は太陽の日差し
   が強く、とても暑かった。旅人は、一休みしようとロバを止め、その日差しから
   逃れようと、ロバの陰にもぐりこもうとした。だがあいにく、ロバの陰は一人分し
   かなかった。
   馬方が言った。
   「あんたに貸したのは、ロバだけで、ロバの陰は貸していない」
   すると旅人が答えた。
   「そんなことはない。ロバと一緒に、ロバの陰も借りたのだ」
   口論は、いつしか殴り合いの喧嘩になった。と、その隙に、ロバはどこかへ
   駆けていってしまった。


   「ああ、大変だ。ロバが逃げてしまった」と、喧嘩をやめた二人だったが、
   ややあって、馬方が言った。
   「あんたに貸したロバだ。あんたが探して連れて来るべきだ」
   すると、旅人が応じた。
   「いや、あんたのロバだから。あんたが探して連れ帰るべきだ」
   そして、旅人と馬方は、こんどは、どちらがロバを探しに行くのかで、また殴り
   合いの喧嘩になった。
   
   それでも、これでは埒が開かないと思って、二人でロバを探すことにした。
   すると、ロバはすぐに見つかった。風の通りの良い木陰で、のんびりと涼んで
   いたのだった。
   二人は、大声で怒鳴った。
   「なんて奴だ。俺達がずーっと暑い中にいたというのに、お前だけこんな木陰
   で涼んでいただなんて」
   すかさず、ロバは聞いた。
   「おや、喧嘩はもうおしまいですか。陰の貸し借りの決着は、ついたのですか」

   二人は言った。
   「いや、まだだ。今はお前を探すために、休戦中だ」
   ロバは、ため息をつきながら言った。
   「そんなことだろうと思いましたよ」
   旅人が言った。
   「くだらない喧嘩に付き合っちゃあいられない。だいいち、仲裁はロバの役目で
   はない。とでも、言うつもりかい」
   「いいえ」と、ロバは言った。
   続いて、馬方が言った。
   「貸した借りたは、人間たちの勝手だ。ロバは、労働力は売ってはいるけれど、
   陰までは売っちゃいない。とでも、言うつもりなのか」

   すると、ロバは、こともなげに言った。
   「いいえ。難しいことは言いません。ただ、無駄に体力を消耗したくなかっただ
   けのことです。このまま行くと、遠くの町につくのは真夜中を過ぎることでしょう。
   もしかすると、野宿をすることになるかもしれません。
   そうなると、夜の寒さに、今度は体温を借りた貸してないで、また、二人は殴り
   合うことになるでしょう。もし、そんなところをオオカミに襲われでもしたら・・・。
   あとは、体力の限りに走り続けなければなりませんからね」
 
   とぼとぼと、太陽が大きく傾いた道を、二人と一頭は、元来た方へと帰って行く
   のだった。   
   

   頭に血の上った者には、正しい状況分析や冷静な判断など、出来はしない。
   上に立つ者の偏狭なナショナリズムなどは、以っての外(ほか)であり、それで
   道を過ることがあれば、国民は遣る瀬無い。

                                             2006.08.27

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